東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1492号 判決 1984年10月30日
控訴人 石井明
右訴訟代理人弁護士 藤森洋
同 村上直
被控訴人 有限会社 石原竹材木店
右代表者代表取締役 石原寛治
右訴訟代理人弁護士 湯一衛
同 湯博子
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が、訴外株式会社東一建設興業に対する千葉地方法務局所属公証人能仲英雄作成昭和五五年第一五〇五号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づき、昭和五五年一〇月七日別紙物件目録記載の建物に対してした強制執行は、これを許さない。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 本件について当裁判所が昭和五七年六月三日にした強制執行停止決定(当庁同年(ウ)第五一九号)はこれを認可する。
五 前項に限り仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、主文第一項ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張は、原判決三枚目裏一〇行目の「右建物完成時点である」の次に「同年八月二五日頃又は遅くとも」と、同四枚目表一〇行目の「同年八月二五日頃」の次に「又は遅くとも同年九月初め頃」とそれぞれ挿入するほかは、原判決事実摘示のとおりであ(る。)《証拠関係省略》
理由
一 被控訴人が訴外会社に対する主文第二項掲記の債務名義に基づき昭和五五年一〇月七日本件建物に対して本件強制執行を行ったことは、当事者間に争いがない。
二 そこで、右強制執行当時における本件建物の所有権の帰属について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。
1 控訴人は、父石井高春の所有地上に木造二階建ての賃貸用店舗付アパートを建築することを計画し、昭和五五年六月一三日ころ、かねて知合いの新松戸不動産との間で、請負金額は一七七二万円、その支払方法は契約時五〇〇万円、上棟時五〇〇万円、完成引渡時七七二万円、工期は同日着工、同年八月三〇日完成という定めにより本件建物の建築請負契約を締結した。ただし、同建物一階の貸店舗部分については、その内装を借主側に行わせる予定であったので、右請負契約では、一階の床はコンクリート土間のままとし、内部の壁や天井などの仕上げもしないこととした。
2 新松戸不動産は、みずから建築工事を行う能力がなかったので、以前にも工事を頼んだことがある訴外会社に右工事を下請けさせることとし、即日、訴外会社との間で、右1の元請契約と同一内容の建築請負契約を締結した。訴外会社は、控訴人とは面識がなかったが、本件建物の建築主が控訴人であることやその建築目的等については、これを心得て右建築を引き受けた。
3 新松戸不動産は、訴外会社に対する右下請代金として、契約当日に契約時分五〇〇万円、同年六月二五日ころに上棟時分五〇〇万円、同年八月二五日ころまでに完成引渡時分七七二万円を支払った。そして、右各支払いの都度その支払額を控訴人に対して請求し、これに応じて控訴人がその少し後に右と各同額の元請代金を新松戸不動産に支払い、同年八月末ころには約定の請負代金全額の支払いが終った。
4 一方、訴外会社は、自己の調達した材料を用いて右建築にとりかかり、同年七月中旬ころに棟上げを行い、同年九月九日ころまでには、建物外壁のモルタルセメント荒壁のガン吹付けによる仕上げやその他若干のものを除いて、約定の工事をほとんど終え、遅くともその時点では、本件建物は未完成ながら独立の不動産たる建物といいうる状態になっていた。
5 これより先、本件建物については、右工事中であった同年七月中旬ころに、新松戸不動産の仲介により、控訴人と訴外遠藤孝義との間で一階南側の店舗部分について賃貸借の予約がなされており、訴外会社は、同月下旬、右遠藤からも右店舗部分の内装工事を請け負って本体工事と併行してこれを進めていたが、同年八月二五日ころ、訴外会社は新松戸不動産に対し、本件建物がほぼ出来たので賃借人をつけてもよい旨連絡した。そこで、控訴人と右遠藤は、新松戸不動産を介して、同月二七日付で正式の店舗賃貸契約書を取り交わした。そして、その後は遠藤が右店舗に入り、訴外会社に内装工事を行わせるかたわら飲食店開業の準備にとりかかった。
6 被控訴人は、訴外会社に対して建築材料を販売していたものであるが、その代金の支払いを受けられなかったことから、訴外会社の建築した本件建物が完成するのをまってこれを差し押えることとし、同年九月一八日、未登記であった本件建物を訴外会社の所有であるとしてこれにつき仮差押を執行したのに続いて、同年一〇月七日に本件強制執行を行った。これに対し、訴外会社及び新松戸不動産では、本件建物が控訴人の所有であると思っており、被控訴人の右措置を心外なものとして受け取った(被控訴人が本件建物に対し右日時に右仮差押執行及び本件強制執行を行ったことについては当事者間に争いがない。)。
以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》もっとも、《証拠省略》によると、本件建物の建築については、昭和五五年七月二三日付で建築確認通知がなされ、その通知書の上では着工予定日が同月一六日、完了予定日が同年一〇月一六日となっていることが認められるが、《証拠省略》に徴すれば、実際の工事は右建築確認通知より前に始められたことが明らかであり、また、《証拠省略》により昭和五五年九月一八日当時の本件建物の写真であると認められる《証拠省略》も、《証拠省略》に照らし、右4の認定を覆すに足るものとは認めがたい。更に、《証拠省略》によれば、本件建物について本送電及び水道の給水が正式に開始されたのはいずれも同年一〇月になってからであることが認められるが、この事実も何ら右4の認定と抵触するものではなく、他に以上の認定を左右しうる証拠はない。
三 右認定の事実関係、特に本件各請負契約の代金が棟上げのときまでに半額以上支払われ、残代金も工事完了前に支払われていること、下請人である訴外会社が本件建物の建築工事中に控訴人からの賃借予定者のために同建物の内装工事を引き受け施工していることなどからすれば、本件各請負契約においては、建築された建物は、工事完了による引渡しをまつまでもなく、それが独立の不動産たる建物となると同時に、その所有権を建築主である控訴人に原始的に帰属させる旨の暗黙の合意がなされたものと推認するのが相当であり、この認定を妨げるべき特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件建物は、遅くとも独立の不動産となるに至った昭和五五年九月九日ころには原始的に控訴人の所有に帰したものというべきであるから、その後において同建物を訴外会社の所有として被控訴人が行った前記仮差押執行及び本件強制執行はいずれも許されないものであるといわなければならない。
四 したがって、本件強制執行の排除を求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきであり、本件控訴は理由がある。よって、原判決を取り消し、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、執行停止決定の認可及びその仮執行宣言につき民事執行法三八条四項、三七条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 佐藤繁 塩谷雄)
<以下省略>